(13)発動序章1
話は当日の昼にさかのぼる。
PM 0:30
防衛隊本部の中央作戦司令室には慌ただしく幕僚たちが集まってきていた。
その中には危機管理室室長、柴崎の姿もあった。
「ゴジラを発見したのだな!」
「本日1155、第二防衛艦隊所属のP3Cがレーダーで北緯35度、東経135度の地点で東北東の方角へ進行する所属不明の潜水艦を捕捉。P3Cの接近に気づいたのかそのまま潜水。ソノブイを投下しましたがロストしたと。」
「目視はできなかったのか?」「残念ながら。」
「やつだ、間違いない!防衛隊総司令・後藤指令はにやりと笑う。
「第二防衛艦隊を対馬海峡・東水道沿いに追撃させる。しかし東北東とは・・・どこへ向かうつもりだ?
若狭の第四防衛艦隊を西へ。挟み撃ちにする!!」
「しかし指令、一応は領海の外です。そんなに大規模に艦隊を動かすのは性急ではありませんか?!
第一、『かがやき』の遭難の際はあれほど慎重にと・・・。」
「状況は刻々と変わっているのだ。バケモノが日本の領海のラインを心得ているとでも言うのかね?」
そう言って指令は反論した幕僚を睨み付けた。
PM 1:25
佐世保港、第二防衛艦隊旗艦「たかちほ」艦橋。
潜水艦「さつま」と「さが」が離岸していくのを見送る艦長、山代太一大佐。
「艦長、いつでも出られます。命令を。」
「副長、何故たかが潜水艦一隻にこんなに大規模な艦隊行動を取るのだ?
『北』の顔色ばかり伺っていたはずの中央が何故また急に?」
「艦長、顔色ばかり伺っていたのでは弱腰だと舐められるばかりです。
領海侵犯はれっきとした国際条約違反ですから!!」
「P3Cの報告は確か領海のぎりぎり外だったではないか。」
「し、しかし艦長・・・。」
「わかっているよ、上からの命令だ。
駆逐艦『きりしま』と『しらなみ』は湾内にて待機、1330、その他の出航準備が完了している船は旗艦『たかちほ』に続いて出撃する。」
PM1:40
首相官邸。
「いったい君たちはこの国の総理大臣の名前を知ってるのかね?!!大村俊作、ぼくのことだよ!!
何で事前に私に何の相談もなく艦隊を動かしたんだね?!」
ヒステリックな声を張り上げている大村総理の前で官房長官の佐々木はいつものように畏まっている。
が、隣の防衛隊総司令の後藤は不適な笑みすら浮かべている。
「防衛隊指令には緊急の場合、総理にご承認いただけなくとも軍事行動の発動を命令する指揮権が認められております。」
「潜水艦一隻のどこが緊急なんだよ?
下手に突っ張って見せて帝都にテポドンでもぶち込まれたらどうするつもりなんだね?!」
「抗議がくる前に『結果』は出ます。」
後藤の自信満々な態度に、大村総理はますます金切り声を張り上げた。
「『結果』?!何の結果かね?!まさかその潜水艦が『北』のもので、それを捕まえてみせるとでもいうのかね??
そんなことでもした日には大阪にもう一発テポドンが飛ぶことになるだけだよ!」
「あれは潜水艦ではありません。」
「何ぃぃっ?!じゃあいったい何だというんだね?!!まさか・・・あの島を襲ったとかいう巨大生物?!!
そんなものが本当にいるのかね??」
後藤は黙って頷く。
「それが分かった頃には全て手遅れです。
あれを陸に上げると犠牲者は100数十名では済みませんぞ。さあ、ご決断を。」
後藤の迫力に総理は背筋に冷たいモノが走るのを感じていた。
PM1:45
横須賀第一防衛艦隊本部。
司令室に呼び集められた艦長たちの列に巧はいた。
艦隊長官でもある旗艦「ふじ」の艦長、郷田雅史が口を開く。
「先ほど1330、第二防衛艦隊が国籍不明の潜水艦による領海侵犯のために対馬海峡に出動した。」
司令室にざわめきが起こる。
「未確認だが相手は東進しているとのことだ。わが第一艦隊にも出撃準備態勢を取れとの命令があった。」
「敵は・・・敵は『北』ですか?」
「それはまだわからん。」
司令室のざわめきはいっそう大きくなる。
西から来る敵?
その喧噪の中で巧一人だけは剛から聞かされたあのことを考えていた。
まさか、ヤツが動き始めたのか?!
PM2:10
鳥取県警署長室
署長の劔持達彦は受話器に噛みつかんばかりの剣幕でがなり立てていた。
「何ですって、もう一度おっしゃって下さい。国道9号を封鎖しろですって?!
冗談じゃない、9号はわが県の大動脈です。それを封じられたら県民の生活は・・・。
えっ、防衛隊の演習ですって?!事前に予告も無しに急にそんなことを言われても・・・。」
受話器を置いてもなお憤懣やるかたない様子の剣持を副署長の青島学が気遣う。
「署長、そんなに興奮するとまた血圧が上がります。中央がいったい何と?」
「防衛隊だよ。陸防が緊急出動の演習をやるから、大至急国号9号を閉鎖しろって言うんだ。
冗談じゃないよ、全く!
先月、米子の基地前で大規模な反戦デモがあっててんてこ舞いさせられたばかりだというのに。
これじゃあ県民の防衛隊に対する感情が悪化するばかりだ!」
「でも・・・・どうするんです?」「君はバカか、やるしかないだろ、命令なんだから!」
PM2:30
紗枝子の見送りから戻った剛は娯楽室がやたら騒がしいのに驚いた。
彼の姿をみとめた親友の木村武が駆け寄ってくる。
「木村、何だよ、この騒ぎは?」
「お前こそどこ行ってたんだよぉ、こんな時に!!」「こんな時って?」
「佐世保の第二艦隊が対馬海峡に出撃したんだよ!!」「出撃?何で??」
「何でって・・・まだ公式な発表は無いんだけどさあ。」
「何だ、わからないのか。じゃあ慌てたってしょうがないじゃないか。」
「お前ってやつはいつもそうなんだから。
あ、でも士官連中は会議室に集まり始めたから海防から情報が来てるかも知れないぜ。」
「ふ〜〜ん・・・。」
気のない返事をしながらTVに映し出された艦列を組んで進む艦隊を観ていた剛の脳裏にふと「あの事」が浮かんだ。
「まさかな、アイツってことはねえだろうけど・・・。」
(14)発動序章2
PM2:40
舞鶴第五戦車大隊
居並ぶ90式戦車はその強力無比な120mm滑空砲の砲身を並べ、すでに十分な暖機を完了していた。
1500馬力を発する水冷2サイクル10気筒ディ−ゼルエンジンがその巨体を小刻みに震わせている。
「いきなり緊急呼集くらって何かと思えば大規模演習とは、『上』は何考えてるんでしょうね?
でも実弾装備のままってのは腑に落ちないなあ。」
砲手の山本吾郎がため息をつく。
「演習は表向きさ。第三艦隊も出動してるって話じゃないか。米子の第76普通科連隊は国道9号線沿いに展開してるっていうし。」
運転席に座った城島伸一が声を潜めて言う。
「えっ、じゃあ実戦ですか?!相手は??」
「うわさじゃ国籍不明の潜水艦の領海侵犯らしい。」
車長の木村拓哉が会話に加わった。
「曹長、何で領海侵犯に戦車が要るんです?!そいつらが上陸してくるとでも?!
おれ、彼女にお別れも言ってこなかったんですよぉ!」
「お別れなんて縁起でもないこと言うんじゃない。内々だが総理から発砲許可もおりているんだ。」
「ひぇぇぇぇ、そんなぁぁぁ!」
「情けない声を出すな、お前も軍人だろう!」
「こんなことなら彼女と一発済ませてから来るんだったなあ。あいつ、結婚するまでは清い体でなんてじらすからぁ!!」
城島と木村は揃って吹き出した。
PM3:15
筑紫第八航空団基地。
第六飛行隊隊長、山室治中佐が基地司令に噛みついていた。
「どういうことなんです、司令?!対艦誘導弾ではなく対地ミサイルに積み代えろとは?!」
「中央からの要請は対地ミサイルを積んだFのスタンバイだ。」
「テレビで海防が大規模な艦隊行動に出ているのは衆目の事実です。
小松基地にいるかっての部下からは、若狭の第三艦隊も港を出て西進してるって連絡もありましたから。
バカだってこれを見れば武装した潜水艦が海岸線に沿って東進していて、それを挟み撃ちにするつもりだってわかります。
つまり敵は海の中じゃないですか。」
「うむ・・・では君は陸防も動いていることは知っとるかね?」
「陸防が?!」
「もっとも連中は演習の名目で展開しているようだが。」
「・・・上陸迎撃をしようということか?!しかし何故?!潜水艦に足でも生えて陸に上がってくるとでも?
お玉杓子でもあるまいに馬鹿馬鹿しい!」
「海防が潜水艦を追っているのは事実だ。だが上の連中が追っているのは未知の敵なのかもしれない。」
PM 4:30
防衛隊本部中央作戦司令室。
「まだ見つけられないのか?!もう4時間だぞ。いったい何をやっとるんだ!!」
防衛隊総司令・後藤指令が苛ついているのも無理は無いことだ。
戦後の防衛隊がこれほど大規模な行動に出たのは初めてのことだから。
「大山鳴動してネズミ一匹・・・いや、その一匹も出ますかねえ。」
「皮肉ってる場合かね?!」
司令は危機管理室室長を睨み付けた。
「大陸側に逃れたのかも知れませんよ、あるいはね。それならそうでやっかい払いができたわけで・・・」
「それでは我々の書いたシナリオとは違う!」
「相手は生き物ですからねえ、こっちの思う通りに動いてくれるものでも無いでしょう。」
「今までヤツは3隻も沈めてるんだ。平和に姿をくらますなんてことはありえない!
ヘリもP3Cもありったけ飛ばして探すんだ!ヤツは絶対ここにいるっ!!!」
PM5:15
五島列島滝ヶ原瀬戸(中通島と奈留島を隔てる水道)に浮かぶ小舟。
「お客さん、今日はもう諦めなよ。」
船頭の小田安二郎はさっぱりあたりがなく苛ついている釣り人、村田政夫に声をかけた。
「冗談じゃないよ、やっとまとまった休みが取れて、朝から船までチャ−ターしてボウズなんて。」
「船賃まけとくからよお、ダメな日はダメなもんさ。」
「もう一投、もう一投だけいいだろ、な、な?」「お客さんもしつこいねえ、じゃあ本当に最後の一投ですぜい。」
餌を付け替えた村田は立ち上がって竿を力一杯振る。
「かかってくれよぉ、お願いだ。」
その願いが天に通じたかのようにいきなりその日初めての手応えを村田は感じていた。
「来たぁ、来たぞ、本当に!!」
リールから糸がすさまじい早さで繰り出されていく。
「船頭さん、こりゃあ相当の大物だ!!ははははは、やっぱり釣りの神様が見てらっしゃったんだ!」
彼の上機嫌はそこまでだった。
全ての糸を繰り出したリールは一瞬にして竿ごと村田の手を離れて海中に引き込まれていった。
「う、うそだろう、おい?!あの竿もリールも今日の釣りのためにあつらえたおニューなんだぜ。」
呆然として竿が消えた海面を見つめていた村田は傍らの船頭が口をぽかんと開けたまま固まっているのに気づいた。
「な、な、何だありゃあ?!」「どうしたんだよ、船頭さん?」「お客さん、鯨でも引っかけたんじゃないのかい?」
船頭が指さす先には小山のように盛り上がった海面が遠ざかっていく。
ガバガバゴボゴボ・・・・
大量に海中からわき上がってくる気泡の中に彼は確かに見た。
とてつもなく巨大な青白く光るごつごつした岩のようなモノを。
それは夕陽で真っ赤に染まった陸地に向かってしばらく波を蹴立てた後、何事もなかったように海中に没していった。
PM6:50
佐世保湾内、駆逐艦「きりしま」ソナー室。
「みんなどこまで行ったのかなあ。お留守番役はつまらないや。」
ボールペンを指先でくるくる回して遊んでいた道下達夫はちょっと前から急に真顔になってバウ・ソナーからの信号にかじり付いている同僚の氷川孝に声をかけた。
「間違いない、何か来るぞ!」
「寄船鼻のレーダーは何も言ってきてないぜ。」
「海中を進んできたらレーダーにひっかからなくて当たり前だろう?!」
そう言うより早く氷川はマイクを手に取っていた。
「艦長、こちら船首ソナー、何かが向かってきます。距離2500!すでに湾内です!!」
「何ぃぃぃっ?!」
「スクリュー音無し、全く未知の音源、不規則なキャビテーション・ノイズ・・・。」
艦橋は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
「レーダーは何をしてる、『しらなみ』は何も言ってこないのかっ?!」
「どこだ、どっちから来る?!」「本部に連絡だ、急げ!!」
「追撃に回った潜水艦が帰って来たんじゃないだろうな?!」
「潜水したまま湾内に入ることはありません。」
「じゃあいったい何なんだ、まさか包囲網をすり抜けられたんじゃ??」
全員がほとんど沈みかけた夕陽が紅く染める海面を固唾を飲みながら見つめた。
「こちらソナー室、相手がアクティブ・ソナーを数発続けてうってきました!
こちらとの距離を測っている模様!!でもまるでこれは・・・・」
「どうした、ソナー室?!」
「これはまるで、獣の鳴き声です!!」
艦橋のスピーカーからソナーが採取したその「声が」響き渡る。
グワォォォォェェェェ〜〜〜〜〜ン!!!
同時刻
防衛隊本部中央作戦司令室に若い士官が大慌てで駆け込んできた。
「1715、五島列島の若松町の駐在から連絡が!中通島と奈留島を隔てる滝ヶ原瀬戸で、船頭と釣り人が青白く光る岩のようなモノが佐世保方向に向かっていくのを目撃したと!!」
「何ぃぃぃっ?!」後藤司令がすさまじい形相で立ち上がった。
司令室の巨大なスクリーンに地図がズームアップされる。
「1715だとうっ?!今何時だと思っとるのだ?!艦隊を呼び戻せ!大至急だ!!」
その時通信主が叫ぶ。
「佐世保湾の駆逐艦『きりしま』から入電、湾内に何者かが侵入した模様と!!」
「くそうっ!!!裏をかかれたのか?!筑紫第八航空団にもスクランブルをかけろ!!!」
地団駄を踏んで悔しがる後藤司令を冷ややかな目で見つめる柴崎は一人つぶやく。
「 ・・・じゃあ艦隊が追いかけてるのは何だったんでしょうねえ?」
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