超時空怪獣決戦2

福島県会津若松市猪苗代湖モビレージ

工藤絵里子は猪苗代湖の湖畔に広がるキャンプ場に昨日から夫と息子たちとともに宿泊している。
都内の総合病院の集中治療室医師である夫の工藤正樹は日々多忙で、絵里子がさんざんおねだりしてやっとまとまった休みをとってくれたのだった。
2人の子供たちは水際ではしゃいでいるし、正樹はといえばそんな子供たちなんかお構いなしで釣り糸を垂れている。
「あなたぁ〜〜〜、子供たちから目を離さないでよ〜〜〜!
 孝志は水泳教室通ってるけど、孝則はまだ泳げないんだから〜〜〜!」
「あ〜〜〜わかってるって。」
「おかあさん、孝則はぼくが見てるから大丈夫だよ〜〜!」
しょうがない、久しぶりのお休みだもんね、のんびりさせてあげなくっちゃ。
でも出かけてきてよかったわ。
大きく背伸びをしながら新鮮な空気を胸一杯吸い込んだ絵里子はそれに気づいた。
「まただわ・・・。」
キャンピング・テーブルにおかれたコーヒーカップの液面が小刻みに揺れている。
「地震・・・。」
そう、昨日このキャンプ場に着いてから、何度目かのそれが絵里子は気になっていた。
昨夜夕食をとりながら正樹にそのことを話したのだが、彼は一笑に付した。
「関東でこれくらいの地震は慣れっこだろう。」
そうよね、気にしすぎよね。
確か磐梯山って100年以上も前に噴火したんだっけ。

彼女が彼方に見える磐梯山を仰ぎ見たその時だった。
彼女の背後で一瞬まばゆい閃光が走ったのだ。
びっくりして振り向いた彼女は確かに見た。
風景が一瞬だがぐにゃりとゆがみ元に戻るのを。
呆気にとられていた彼女が自分を取り戻したとき、すぐ側の水辺で遊んでいたはずの2人の子供たちの姿が消えていた。
それどころか少し離れたところで釣り糸を垂れていたはずの夫の姿まで・・・。
「孝志、孝則どこに行ったの〜〜?!あなたぁ〜〜〜〜!!!」
彼女の声が悲鳴に代わる頃には、湖畔は人々が家族を、友人を、恋人を呼ぶ声で溢れかえっていた。



健一は帝都大学のキャンバスのベンチに「リサ」と並んで座っている。
泣き出したリサをどうなだめていいのかわからず、彼女が泣きやむのを待つしかないのだった。
何本目かのタバコを灰にした彼は考えていた。
こんな状況のリサを警察に連れていったらもっと取り乱すかもしれない。
でもいつまでここでこんなことを・・・・。
そうだ、せっかく帝都大学まで来たんだ。
「空間物理学教室」へ寄って行こう!

「リサ、あのさあ、ちょっと寄りたいところがあるんだけど。」
リサはえっと言う表情で」涙目の顔を上げた。
「ホラ、話しただろう、おれが小説書いてるって話。
 この大学に『空間物理学教室』っていう講座があってさあ、おれの高校時代のクラブの後輩が研究生でいるんだ。
 そこで小説のネタを仕入れに行くんだけど、一緒に行くかい?」
リサは返事の代わりにコクンと頷いてみせた。

創立から100年以上も経っているこの帝都大学で、「空間物理学教室」のある校舎は比較的新しい校舎ではあるが、長い廊下は薄暗く、リサは不安なのか健一に腕を絡ませてきた。
「だ、大丈夫だよ、お化けなんか出ないから。」
さりげなく押しつけられたリサの胸の膨らみを感じた健一はおもわずドキッとしてしまう。
彼女に悟られないようにちらりちらりと彼女の横顔をのぞき見ながら、ようやく「空間物理学教室」とプレートの上がったドアの前に辿り着く。
軽くノックをしてから、「毎度、おじゃましま〜〜〜す!」といつものように元気な声と共にドアを開ける。
机が6つほど並び、その上は書類や本が堆く積まれた研究室の奥で一人ぽつんと頭をかきむしってる男が顔をあげた。
「あ、田中先輩。」
「よ〜〜〜う、高島君、調子はどうかね?」
ぼさぼさに伸び放題の髪と無精ひげ、神経質そうな銀縁眼鏡の彼が健一の後輩、高島大輔である。
「ネタならありませんよ。」
「そんなつれないこと言わないで。」
「だって昨日から先生はスタッフと一緒に北海道行っちゃってますもん。」
「北海道・・・って、学会?」
「京大グループと協力して進めてきた研究がトラブったって・・・・あ、これオフレコにして下さいっ!!」
「聞き捨てならないなあ。」
「だ、ダメです、これだけは絶対ダメなんです!!」
「わかった、わかった。で、高島君は何やってるわけ?」
「四次元空間質量方程式。もう1ヶ月も前からこれにかかりっきりなんですよ。
 先生から『このぐらいできないと次の課題はやれないって』言われてるんです。」
「それって・・・・何?」
「もし四次元空間が存在するとして、三次元空間の物質を持ち込んだときの質量の加速度的な変化への・・・・あ〜〜〜〜っ、そんなこと先輩に説明してもわかるはずないじゃないですか!!」
「あははは、そりゃそうだ。」
と、高島が書き散らしているレポート用紙をじっと見つめていたリサがぽつりと言った。
「15行目が間違ってるわ。」
健一と高島は「へっ?!」という表情でリサを見る。
「あと23行目も。」
あっけにとられている高島の手からペンを取ったリサはその部分をすらすらと書き直してしまった。
リサが書き直したレポート用紙をひっつかんだ高島は数分間舐めるようにそれに目を走らせる。
「・・・・完璧だ。やったぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ひとしきり小躍りして喜んだ彼はやっとそのことに気づいたようだった。
「君、だれ?!」
「リサ、キリシマリサって名前らしい。」「『らしい』??」
「彼女記憶喪失なんだ。ちょっとしたきっかけで彼女を拾っちゃってさあ。」
「記憶喪失の女の子が何ですらすら四次元空間質量方程式を解いちゃうんですかぁ?!」
「それって難しいのか?」
「すご〜〜〜〜く難しいんです!!ぼくが1ヶ月もかかりっきりだったんですから。」
高島はむっとした表情で健一を睨み付けた。
「ドイツのH.デュレッゲル博士がその方程式の根本的な間違いを指摘するまではみんなありがたがっていたわ。」
健一と高島の目が点になった。
「君はいったい何者なの?!」
二人の声がハモった。



猪苗代湖 湖畔
その現場には何本もの杭が打ち込まれ、「立ち入り禁止」のテープが幾重にも張り巡らされている。
所轄の警官たちは未だパニック状態の被害者の家族たちの整理でてんてこ舞いのようだった。

少し離れたワゴン車の中で苦虫を噛みつぶしたような顔で腕組みをしたままこの様子を眺めているのは福島県警・会津署の幸田和夫署長である。
「で、遠山君、どうなんだね、何か手がかりは掴めたのか?!」
「遠山」というのは会津署の副署長・遠山章一である。
彼はすっかりはげ上がった頭からしたたり落ちる汗を拭いながら説明を始めた。
「本日、午前10時20分頃、湖がまぶしく光り、それと同時に猪苗代湖の水辺で遊んでいた男性32人、女性23人が姿を消しました。
 年令は4歳から62歳。全てが猪苗代湖モビレージにキャンプに来ていた客です。」
「おい、それだけか?!あの野次馬たちの目前で起きたことだろう。きっともっと何かを見た人間がいて当然じゃないのか?!!」
「しかし署長、誰もが湖が光ったのしか見ていないんですよ。」
「『湖がピカッと光って55人が神隠しにあいました。』とでも報告書に書くつもりかね。冗談じゃない!!」
「はあ・・・しかしぃ・・・。」
ちょうどその時ワゴン車に駆け寄ってくる男が・・・。
「あっ署長、鑑識の富山君が。」
「そんなもん見れば分かる!君は聞き込みを続けたまえ!どんな子細なことも聞き逃すんじゃないぞ。」
慌ててワゴン車から駆けだしていった遠山副署長と入れ違いにワゴン車に乗り込んできた鑑識の富山巡査部長は額の汗を拭い、大きく溜息をついてから話し始めた。
「署長、こりゃあウチの手に負えるヤマじゃありませんぜ。」
「それは君ィ特捜が立つってことかね?困るよ、それは。
 この前の幼女連続連れ去り殺人事件で特捜が立って、本年度分の予算使い果たし・・・」
「そういう意味じゃありません、署長!」
「はぁ?じゃあ君は何のことを言っとるんだ?!」
「被害者の遺留品は一切無し。おまけに半径50mにわたって扇状に湖の泥土が水草ごと削り取られているんです!!」
「でいどぉ?!!」
「人さらいが土砂まで持ち去りますか?!というか、そもそもこれは警察が扱う事件なのでしょうか?!!」



帝都大学を出た健一はリサと共に週刊「超絶・ネタの真相」編集部にいた。
これでもかというほど散らかった机がいくつも並んだその部屋の空気はタバコの煙で白くよどんでいる。
その隅っこのすっかりへたったソファーに健一はリサと並んで座っている。
健一はこの編集部でゴースト・ライターとして「あること、無いこと」を書きつづって生計を立てている。
彼らと向かい合ってタバコをくわえながら電話を取っているのは亀田幸子。
多分40歳は過ぎているはずの彼女は独身。
化粧っけなど全くなく、髪の毛も無造作にゴムでまとめただけ。
実は彼女、この編集部に来るまでは探偵事務所に勤めていた経歴があり、いまだに警察関係に顔がきくらしい。
どうしてもリサが警察に行くことを嫌がるため、健一は彼女に助けを求めたのだった。
「ええ、名前は『リサ』、『キリシマリサ』。・・・そうです、記憶喪失で。
 父親は『ツヨシ』母親は『マイ』。・・・ええ、そちらの生まれらしいんですけど。・・・・・・はい、よろしくお願いします。」
亀田はタバコをもみ消しながら受話器を置き、大きな溜息をついた。
「ダメね。」「亀田女史、『ダメ』って・・・」
「『キリシマリサ』って名前の捜索願は出ていないわ。」
「そりゃあ八王子は出身地で、今も彼女が八王子に住んでたとは限らないじゃないですか?」
「アンタねえ、私がそのくらいのことに頭が回らないとでも思ってるの?全国の行方不明者のデータベースにアクセスして調べて貰ったわよ!」
「名前も両親も分かって、この特徴的な容貌。あっさりわかると思ったんだけどなあ。」
「他のルートから当たってみるわ。まあ任せておいてちょうだい。」
「お願いします。」リサも健一にならって無言のまま頭を下げる。
「そうそう、行方不明と言えば、福島ででっかい事件が起きてるようよ。
一瞬にして55名が消えたとか。」
「一瞬で55名も?!それに・・・『消えた』?!」
伏せ目がちのリサの顔に一瞬不安な影が走ったことを亀田も健一も気づかなかった。


防衛隊本部地下、A.N.G.E.L.S.(ANti Godzilla ELite Squad )司令室

その「前身」の設立は今から20数年前にさかのぼる。
度重なるゴジラの日本襲撃に対して、防衛隊は初の対ゴジラ用兵器「メーザー殺獣光線車」を開発し、国内での量産にこぎ着けた。
「陸上防衛隊 第12師団第1特殊攻撃部隊」
それが当時の正式名称であった。

しかし他国に対する専守防衛をその任として組織された防衛隊の通常の指揮系統では、どこに現れるか分からないゴジラ相手では全てが後手に回り、虎の子の殺獣光線車でさえ決して十分な戦果を挙げるに至らなかった。
防衛隊の内部からですら第12師団を「役立たずのオモチャの部隊」と揶揄する風潮さえあった。
しかし防衛隊の首脳部は戦後の防衛隊の火力を十分活用することさえできれば、あの不死身のゴジラであろうと退けられると確信していた。
そして彼らは対ゴジラ専用に戦略研究と戦闘指揮を一任するエリート集団の育成に取りかかったのだった。
第12師団第1特殊攻撃部隊の指令部門は切り離されてA.N.G.E.L.S.として再編成されることになった。
固有の武器は保有せず、ゴジラが出現した際のみ陸・海・空全ての防衛隊の指揮権が彼らに委ねる。
皮肉なことにA.N.G.E.L.S.が下した最初の決定は第12師団第1特殊攻撃部隊が保有していたメーザー殺獣光線車の全国分散配備であった。
指揮系統が独立し、固有の兵器さえ失ってしまった第12師団はこうして事実上名ばかりのものとなり人々の記憶から忘れ去られていったのである。

正面に巨大な液晶モニターを中心に扇状に座席の配された司令室。
その中央に座った岸田一佐はじっとモニターを凝視しながらオペレーターの報告に耳を傾けている。
「金華山第15ブロック、センサー反応無し。潮見台第24ブロック、センサー反応無し・・・・・」
と、司令室のドアがすっと開き、本間恒夫防衛隊副長官が数人の幕僚と共に入ってきた。
彼の姿に気づいた一佐はすくっと立ち敬礼する。
「敬礼はいいよ、一佐。ここにGコマンダーとして座っている君が敬礼するのは長官だけでいい。」
「スタッフを紹介いたします。戦略担当の小林二佐、兵器担当の飯島二佐、情報担当の北村三佐、科学班の梶原三佐・・・」
副長官はにこやかな笑みを浮かべながら一人一人と握手を交わし、最後に一佐の肩をポンとたたく。
「ニューヨークから帰って来たばかりだというのに、大任ご苦労。」
「いえ、軍人としてこれほど光栄なことはありません!」
「で、どうなっとる?Gの行方はつかめたのか?」「まだ何も。」
「うむ、くれぐれも手落ちのないように頼むよ。特に天国の父上に恥ずかしくない結果を出して貰わなければ。」「はっ!!」
「もう20年になるかな、ベテランパイロットだった君の父上がゴジラのために命を落とされたのは。」
一佐は黙って頷いた。
「それはそうと、副長官、ちょっとお尋ねしたいことがあるのですが。」
「あむ・・・何かね?」
「北部方面軍の帯広基地に出動命令を出されましたか?」
「帯広の?さあ、私は何も聞いていないが。」
「第五種警戒態勢の発令以前に普通科連隊が動いています。私がGコマンダーを仰せつかる以前の任務なら・・・」
「分かった、私が必ず調べておこう。」

副長官たちを敬礼で見送った一佐は情報担当の北村三佐を呼ぶ。
「三佐、帯広に探りを入れろ。」
「はぁ、帯広ですか??しかし今は第五種警戒態勢中で・・・。」
「君に行けとは言っていない。今が第五種警戒態勢中だからやけに気になるのだ。」


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