超時空怪獣決戦1
田中健一はビルの一室の「SFワールド」と書かれたドアの前で大きく深呼吸をした。
24才独身の彼は、自称「SFライター」、ペンネームは「唐澤 一(はじめ)」。
とはいえ実のところ三流スキャンダル雑誌のゴースト・ライターとして生計を立てている。
「どうも〜〜!」
元気よくドアを開けた彼を編集員たちがちらりと一瞥する。
彼の姿を認めた編集長が奥のデスクから手を振る。
「お〜い、唐澤く〜ん。」
「はいはい、編集長。ぼくの『パラレル・ネゴシエーター』読んで頂けましたあ?」
満面の愛想笑いを浮かべ、揉み手をしながら編集長の前に立った彼の前に、編集長は「パラレル・ネゴシエーター」と書かれた原稿を無造作に投げてよこした。
「で、連載はいつから?」「ダメ。」「はぁ?」「今時ダメだよ、こんなの。」
「ダメ・・・っておっしゃいました?」「言った。ダメ原稿。」
健一の顔から愛想笑いが消えた。
「何でですか〜〜、編集長?!」
「あのさ〜SF出版業界はキビシイの。サイバーパンクの時代は終わって、またまたリアル指向っていうかぁ。
ともかく君の描く原稿ね、特にこのパラレル・ワールドの設定が甘すぎ!
ファンタジー小説じゃないんだから!」
「でも人生にファンタジーは必要なんじゃぁ?」
「ウチはファンタジー小説はやってないんだ。他を当たってくれ!」
「でもぅ・・・」
「しつこい!!私は忙しいんだ!!
ドアの前に立ってから数分、健一は突き返された原稿を手に再びその前に立っていた。
「ちきしょう、そのうち俺が売れっ子になっても絶対ここには書いてやらないからな!」
ドアに向かってアカンベーをした彼は肩を落としとぼとぼと歩き出した。
そうさ、こんなことはもうとっくに慣れっこなんだ。
彼の口から大きなため息が漏れた。
もうあたりはすっかり暗くなっていた。
見るからにオンボロの彼が運転する車の助手席には突き返された「パラレル・ネゴシエーター」の原稿の束が積み上げられていた。
「みんななんでこの作品のすばらしさがわからないんだろう?こんなことだから日本のSF界は・・・・」
ぶつぶつ独り言を言いながらハンドルを握る彼が運転する車のフロントグラスを振りだした雨粒が叩き始める。
「今日の天気はおれの心だ。」
と、大きくため息をついた彼は前方にまばゆい閃光がきらめくのを見た。
「な、な、何なんだ?!オービスかぁ?!!」
慌てて確認したスピードメーターは制限速度にも達していなかった。
「何なんだよ、いったい??」
と、次の瞬間いきなり車道を横切る人影!
急ブレーキで止まった彼の車の前に突っ立っているのは丁度高校生ぐらいの少女だった。
「ばっかやろう!危ないじゃないか!!」
見慣れない文字の書かれたTシャツにGパン姿は傘も持たずに出かけたのかびしょ濡れだった。 。
腰まで伸びる黒のロング・ヘア。
ヘッドライトが照らし出す美少女の顔立ちはまぎれもなく日本人のそれだったが、瞳だけが緑に輝いていた。
「わ・・・私、ここは・・・どこ?」
か細い声でそういった彼女はがくりとその場にくずおれた。
「おいっ、しっかりしろ!君!!」
それから30分後、彼は吉田医院の明かりの落とされた待合室の椅子にぼんやりと座っていた。
小児喘息だった彼は、子供の頃はよくここのお世話になったものだ。
「健ちゃん、久しぶりだなあ。」
診察室のドアがガチャリと開き、人なつこい笑みを浮かべた院長・吉田慎二が現れた。
「すいません、先生。どうですか彼女?」
「体には別状無いよ。ただ・・・」
「ただ?」
「たぶん記憶喪失だ。」
「記憶喪失・・・・」
「名前も住所も全く覚えちゃいない。私は専門外だから知り合いの精神科医に紹介状を書いておくから明日取りにきなさい。それにしてもハーフかね、あの子は?」
「さあ??」
「特徴があるからすぐに身元はわかるだろう。今日は早めに休ませてあげることだ。」
「休ませてって・・・先生、おれは1ルーム暮らしですよ!ここで泊めてやって下さいよ。」
「ウチは入院施設はない。だったら・・・警察にでも・・・。」
その時診察室のドアが静かに開いて彼女が現れた。
確かに全く日本人の顔立ちに不似合いな緑の瞳。
「記憶無いんだって?」
彼女は力無く頷いた。
「け、警察まで送るよ。」
「警察はいやっ!」
いきなり大声を上げた彼女に田中と院長はびっくりした。
「悪いこともしていないのに警察はイヤ!お願いです、どこでもいいから泊めて下さい。」
「本人がこう言ってるんだ、健ちゃん。まさかこの雨の中に放り出すわけにもいくまい。」
「何で俺が〜〜〜?!」
「お願いします!!」
「健ちゃん、彼女ずぶ濡れだ。帰り道に着替え買ってやれよ。」
「そんなぁぁぁ〜〜〜〜〜!」
当日深夜
北海道 防衛軍 北部方面軍 帯広基地
ヘリポートに着陸したヘリから降り立った基地司令官 篠原大作の表情は強ばっていた。
「いかがでしたか、釧路の方は。」
彼を出迎えたのは副指令の山本太一。
篠原はそれに答える代わりに首を大きく横に振った。
「まさか・・・・やはり実験の」
篠原は狼狽した様子の山本をキッと睨み付けた。
「今更慌てても始まらん!万が一の場合を考えてあれはあそこに作ったのだ。ともかく本部連絡が先だ!」
二人は足早に作戦司令室に向かう。
作戦室に足を踏み入れた2人はそこの様子がいつもと異なることに気づく。
薄暗い作戦室に鳴り響く警報音、中央に巨大な液晶スクリーンには「alert」の文字。
「何だ、何があった?!」
半円状に配されたデスクに座った数十人のオペレーターの一人、主任オペレーターの木戸雅人が立ち上がる。
「指令、今先ほどGが活動を開始!」
「な、何ぃぃっ?!どこだ、どこに向かっている?!サブモニターで長官を呼び出せ!!」
「進行方向は・・・日本海溝ですっ!」
「日本海溝?!本土とは逆方向だな。根室の海防にP3Cの要請を!
付近を航行中の艦船はないかも問い合わせろ!」
「P3Cあと5分で離陸可能!」「近くを航行中の艦船無し!!」
「くそっ、5年もおとなしくしていて今更急に何だというのだ?!」
「指令、まさか釧路の研究所の・・・」
副指令が控えめに彼の表情を伺う。
「ありえん!Gがあれの存在を仮にも気づくはずはない。
しかもあれが地下50mで研究所ごと消滅したその日に!!!」
「G、日本海溝へ・・・降下していきます。
センサーの信号不安定に・・・・さらに降下している模様・・・・信号ロスト!!」
「どこへ・・・どこへ行ったんだ?!」
「しかし、指令、本土とは逆方向です。」
「そう言う問題ではない!Gが活動を5年ぶりに再開し、我々はやつを見失ったのだ。全軍に第五種警戒態勢を発令!!」
「ううっ・・・朝かぁ。」
朝、健一は床に敷いた寝袋の中で目覚めた。
記憶喪失の「彼女」をソファ・ベッドで眠らせ、自分はちらかしっぱなしの部屋を何とか片づけて横になれるだけのスペースを確保したんだっけ。
と、ふと体を起こすと「彼女」はベッドの上にちょこんと座り、壁に貼ってある世界地図をじっと見つめていた。
「・・・この地図、昔見たことがある。」
「記憶戻ったのか?!」
彼女は首を横に振った。
「でもこの地図は見覚えがあるの。確か・・・20年ほど前の世界の地図。」
「20年前って・・・そりゃあ20年前とそうかわらないだろうけど、確か買ったのは2〜3年前だったかな。」
「今の地図はないの?」
「今って、これが『現代の地図』だよ。」
「彼女」は困惑した色を浮かべた瞳で健一をじっと見つめる。
「違う!今はこうじゃないわ!!じゃあ『ここ』はどこなの?!!私は何故『ここ』にいるの?!!」
叫ぶようにそう言った彼女はベッドに突っ伏した。
帝都大学医学部付属病院
健一は「精神神経科」と書かれたプレートの掲げられた診察室の前でかれこれ2時間ほど前からこうして座っている。
一般外来のフロアと違って、このフロアはやけにシーンとしている。
長い廊下を見渡してみても診察待ちの患者らしき人影は数人で、たまにスタッフが通り過ぎて行くだけ。
と、受付の窓口の女性が声をかけてくれた。
「田中さん、第一診察室へどうぞ。」
診察室の中には白髪の男性が座り、健一にはとうてい理解できそうもない横文字をカルテに書き込んでいる。
そしてその前に「彼女」が心細げに腰掛けていた。
「助教授の島村です。吉田とは医学部時代からの友人でね。あいつ元気にしてますか?」
「ええ。」「医院は繁盛しているようですか?」
「おれが吉田先生の世話になったのは子供の頃、喘息で・・・・えっと、先生、それより彼女はどうなんですか?」
「おお、これは失敬。典型的な記憶喪失だね。ただいくつかの記憶は催眠療法で引き出したよ。
名前はリサ、『キリシマ リサ』というのが名前らしい。17歳。父親は『ツヨシ』、母親は『マイ』。」
「やったぁ!先生ありがとうございます。これで身元がすぐわかります。」
健一はメモをとりながら小躍りした。
「生まれは八王子のあたりらしいんだが・・・・・」
「完璧じゃないですか、先生!」
「それが妙なことを言うんだ。『海のすぐ側』だって。で、地図を見せたら・・・」
「まさか・・・『地図が違う』ですか。」
「リサ」は無言のまま悲しげなまなざしで健一を見つめている。
「そう、そのとおりだ。で、富士山の位置から八王子と断定したのだがね。」
「それってどういうことなんですか?!!」
健一はぐいっと身を乗り出す。
「そう言えば君の名刺、『SF小説作家』ってあったよねえ。」
「え、ええ・・・まだ駆け出しですけど。」
「もしも北極と南極の氷が溶けたら海の水位はどのくらい上がるものなのかね?」
「はぁっ?!」
健一はいきなり島村助教授の口からでた突拍子もない話題に面食らった。
きっと豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をしていたに違いない。
次の瞬間島村は大笑いを始めた。
「つまり彼女は温暖化で海の水位が大幅に上昇した世界に住んでいるんだ。」
健一はますます島村の言う言葉の意味が分からなくなった。
「専門的には『偽性補完』。彼女のようにまだら状に記憶を失っている患者できわめてまれにみられる状態なのだが、残っている記憶の一部を、欠けた部分に誤って補ってしまうのだ。
つまり彼女の場合、おそらくSF小説好きな少女だったのだろう。その『記憶』を自分の住んでいた世界にはめ込んでしまったのさ。」
「つまり・・・作り事の記憶ってことですか?」「ああ、そういうことになる。」
「わかりました。先生、大変助かりました!多分これで身元が分かるはずです。」
「ああ、吉田にはよろしくと伝えてくれたまえ。」
診察室を出た健一はリサの肩に優しく手を添えた。
「よかったね、これで君のご両親がわかるよ。」
振り向いたリサは何故か涙ぐんでいた。
「作り事なんかじゃないわ。」
防衛軍 本部ビル屋上 ヘリ・ポート。
ゆっくり降下してくるカーキグリーンに塗られたヘリを見上げる数人の幕僚たち。
着陸したヘリから降り立ったのは、制服姿の若い士官だった。
小柄だが広い肩幅に鋭い目つき。
彼は出迎えに立っている幕僚たちの前まで早足で進むとさっと敬礼する。
「岸田一佐、ただいまニューヨークの巨大爬虫類撃滅戦補佐の任務から帰還いたしました!」
「うむ、ご苦労だった。」
防衛軍本部の地下へ進むエレベーターの中で幕僚の一人が彼に話しかける。
「で、どうだったのだ?あれは本当にゴジラだったのかね?こちらでは情報が錯綜していてね。」
「個人的には自分にはとてもあれがゴジラだとは思えません。
鳴き声や形態的な類似点はあったにせよ、数発のミサイルの直撃で倒せる生物をゴジラと呼ぶなどと・・・。
いずれにせよ科学班が死体から細胞を持ち帰りましたから、いずれ結果が。
そう言えば、機内で本家のGが活動を開始したと聞きましたが本当ですか?!」
「本当だ。で、岸田一佐、一匹目のゴジラと戦った先人たちはすでにほとんどが退役された。
そろそろやつとの戦いは我々老兵は去って君たち若い世代が指揮をとるべきだと思うのだが。
Gコマンダーの総司令の任務、受けてくれるかね?」
岸田は踵をならして姿勢を正し敬礼した。
「謹んで受けさせて頂きます!」
「よろしく頼むよ。これは防衛軍総司令から直々のご指名なんだ。
君たち若い力に期待する。」
「はっ!!ご期待を裏切らぬよう全力を尽くしますっ!!」
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