翌朝、再び将軍塚。
京都市街地を見下ろす真田と阿須美。
駅の南側の方からはすでに鎮火したとはいえまだあちこちから立ちのぼる煙が見える。
「こうして見るとひどくやられたもんだな。」
「おじいさまは・・・こうなることはわかってらっしゃった気がするんです。
 ディオガルスを龍と戦わせてその力を削ぎ、空船に繋ぐ。
 おじいさまがみすみすあそこで命を落とされたのもこれを見届けるためではなかったのかと。
 阿須美はそんな気がしてなりません。」
「そうかもしれない。
 しかし防衛隊もはでにやってくれたものだ。
 ディオガルスのやつ、今は巣の再生の余裕すら無いらしい。」
「空船はどうなりました?」
「金城が徹夜でがんばってるよ。菖蒲さんを臨時助手に仕立ててね。
 多分昼頃には誘導が始まるらしい。」
「ルートは?」
「ディオガルスの侵攻ルートを逆行するそうだ。
 万が一ゴジラの上陸ルートをたどって途中で誘導不能になると阪神地区は壊滅だからね。」
「そうですか。1000年の時を隔てて再び同じ道を獣王は辿るんですね。
「ああ、但し今度の行き先は鵺島じゃない。
 伊豆諸島の無人の小島、通称『神無島』。
 バケモノが住んでて神様も近寄らない島って意味らしい。」
「『神無島』・・・ですか。」
「おいおい、まさかそこにも何かが封じ込められてるって言うんじゃないだろうな?」
「ええ。今から800年ほど前にあの島の結界を守っていた“影”の一族を食い殺した“鵺”は、当時“光明”の最高の実力者であった源頼政によって永久にその命を絶たれたのです。」
真田は思わず黙り込んだ後、大きな溜息をついた。
「この国は怪獣だらけか。
 何のことはない、日本そのものが『怪獣島』だったってことだな。」
「人が古くからの戒めを破らなければ“鵺”や“龍”も現れません。
 真田さん、倒れた龍・・・ゴジラを見にいくんでしょ?」
「あ、ああ。」
車に戻る二人。
 
五条橋東
真田たちの乗った車は物々しい服装をした防衛隊隊員達に行く手を阻まれた。
「ダメだダメだ!どうして一般人がこんな所にいる!この先は通行禁止だぞ!」
「元怪獣島主任補佐の真田です。いったいどうしたんですか?!」
「あっ、あなたでしたか。
 放射能汚染の危険のためにこれ以上ゴジラに近づくのは危険です。」
「放射能汚染?!大田原大佐と中島少佐はどこに?」
 あの交差点で右折して東大路通りへ。500mほど行った所に移動指揮車が停車しています。
 多分そちらだと思います。」

カーキグリーンに塗られた移動指揮車の前では中島少佐が大田原大佐に大声でまくしたてていた。
「大佐、これはゴジラにとどめをさす絶好のチャンスですよ。」
「ダメだ!考えてもみろ、核物質の固まりみたいなゴジラをここでぶっ飛ばしたらそれこそ京都は人の住めない土地になってしまう。」
「それでは化学的な消滅を!」
「よしんばそれが可能でゴジラの肉体を消滅させえたとしてもだ、残った核はどうする?
 核は化学的には消滅できないぞ。
 あのバケモノは戦後50年以上経っても未だに我々に取り憑いている核の怨霊なのだよ。」
近づいてくる真田達に気づいた大田原大佐は軽く会釈した。
「いったいどうしたんです?」
「うむ、あのゴジラの始末をどうするかという話だ。」
「放射能汚染ってのはそのことだったんですね。」
「科学班が調査中だが、ゴジラの体自体から相当量の放射能が発せられているらしい。
 通説ではゴジラはビキニ環礁の核実験で突然変異した怪獣だとされてきたが、初めて我々はその確証を得たわけだ。
 しかし・・・何かいい手はないかね?
 お嬢さん、もうお札の術は使えんのかね?」
「龍返しの術はすでに切れていると思います。」
大佐は小さな溜息をついた。
「ふぅ、やっぱりそうですか。
 殺してそれですむならそうしたいのはやまやまなのだが。
 空船のようにゴジラをせめて移動させられれば・・・・。」
「空船作戦はどうなっています?」
「神無島の特甲弾の敷設は正午頃までには完成する。
 さっき金城君から空船シュミレーターの準備が完了した旨の連絡があったよ。」
「金城め、がんばったな。・・・・まてよ、金城と言えば・・・。
 大佐、金城と連絡はとれますか?」
「ああ、それが何か?」

無線機の前
「金城か?おれだ、真田だよ。」
「おぅ、空船シュミレーターの準備は完了したぞ。
 あとは誘導ルートの住民の避難が完了したら作戦開始の手はずらしい。
 もうおれはお役御免だ。
 何せ昨日から全然寝てないんだ。もうこのまま寝させてくれよ。」
「ちょい待ち!お前、怪獣島爆破の前に持ち帰った強化コントロール装置、どこへやった?」
「強化コントロール装置?今頃何言ってるんだ。
 怪獣島爆破が決定した段階でやけになってバラバラに分解しちまったよ。」
「部品は残ってるんだろ。」
「ああ、本部の倉庫の中に他のがらくたと一緒に放り込んだよ。」
「よしっ、一眠りする前にそのまま本部に行って強化コントロール装置を組み立ててこっちにもってきてくれ!」
「何だって、あれを何に使うんだ?」
「ゴジラさ。」
「ゴジラァ??!」
「ディオガルスだけじゃなくゴジラも誘導して日本から遠ざけるんだ!」
「・・・徹夜明けで頭がぼーっとしててよく話がのみこめないが、強化コントロール装置を京都に運んでゴジラに取り付けるんだな。」
「ああそうだ。」
「人使いの荒いヤツだな、お前って。」
「作戦が成功したら奢るよ。」
「あったりまえだ!じゃあ後でな。」

「ゴジラをもう一度操るんですか?」
「ああ、今度はおれ達、現代の陰陽師の腕の見せ所さ!」

「ご苦労なことだ。人間のために戦ってくれたからとご丁寧にお見送りまでするのか。」
後ろから彼らを見つめていた中島少佐がはき捨てるようにつぶやいた。
「少佐、前から聞きたいとおもっていたんだが、どうしてそんなにゴジラの抹殺に執念を燃やすんだ?」
中島少佐は一瞬険しい表情で真田を睨み付けたが、ぷいと目をそらした。
そしてゆっくりと天を仰ぎながらこう答えた。
「お前達一般人には分かるまい。
 おれ達軍人はゴジラが現れる度に防人となって戦ってきた。 
 その戦いの中で多くの仲間達を失ってきた。
 おれ達軍人の心の中はそんな仲間達の墓標で埋まっている。」
「それはもう過去のことじゃないか!」
少佐は目をつぶり、ふっと自嘲気味な笑いを浮かべながら真田を見つめた。
「お前、ゴジラと視線を合わせたことがあるか?」
「何だって?視線??」
「学者先生達に言わせると、長い間深海で暮らしてきたゴジラの目は退化してほとんど見えてないそうじゃないか。
 だからヤツの視線はほとんど定まりがない。
 だが・・・本当にまれにだがヤツが相手を睨むことがあるんだ。
 おれは1回だけヤツに見つめられたことがある。
 本当にぞっとして足が竦んでしまうような恐ろしい目だった。
 ヤツは・・・ゴジラは人間が憎くてしょうがないのさ。
 一見手懐けられておとなしくしているかのように見えて、実は自らを核の洗礼で異形のバケモノに変えた人間を決して許しちゃいないんだ。
 あれは・・・そんな目だった。
 おれは一生あの『視線』から逃れられない。」
「だから戦うのか?だから抹殺するのか?」
「そうだ。あんな目をしたやつを生かしておけばいつか再び必ず人間に向かって牙をむくだろう。
 おれにはそれがわかるんだ。」


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