小笠原父島

土山音吉は早朝の農作業を一段落して木陰に腰をおろした。
持参してきたカップ酒の封を切り、一口すするとタバコに火をつける。
これがこの老農夫の日課であり、ささやかな幸せなのだった。
「おぉ〜い、音吉爺さぁ〜ん!」
手を振りながら近づいてくるのは篠山紀夫という、一ヶ月ほど前から父島に滞在してここ小笠原諸島の自然を撮影しにやってきたとかいうカメラマンだ。
首からいくつもカメラをぶら下げ、背中にも大きなDパックをしょっている。
もう彼とはすっかり顔馴染みだった。
「篠山さん、あんたもご苦労なこった。こんな朝っぱらから撮影かい?いい写真は撮れたかね?」
「ええ。音吉爺さんはもう『一服』の時間ですか?」
「ああ、わしはこの一杯と一服のために生きてるんだ。」
その時篠山は低く唸るような音を聞いてふと空を見上げた。
山陰から空を黒く染めるような何かの群が空を飛んでいるのが見えてきた。
「爺さん、あれ、何だろう?」
「ん?・・・鳥じゃなさそうだな。」
篠山は望遠のついたカメラを構えた。
「じいさん、トンボだ!トンボの大群だよ!!」
「トンボだぁ?!小笠原にあんなに群れて飛ぶトンボなんていねえよ。」
「だってトンボなんだからしょうがないじゃないか。じゃあもしかしたら新種かな?!
 だったら大発見だぞ!!」
篠山は急いでシャッターをきり始めた。
「トンボの種類が一種類増えたからって『大発見』ったあ平和なこった。
 東京には怪獣が現れて大騒ぎだってのによぉ。」
苦笑いしながら音吉がカップ酒をもう一口すすったその時だった。
急にブゥゥゥゥーーーーンという低い音が近づいてきたことに気づいて彼が顔を上げた瞬間、彼は突風にあおられて数m吹っ飛んだ。
「何だ、何が・・・?!」
彼が腰をさすりながら起きあがった時には篠山の姿はそこに無かった。
ただ彼が立っていたあたりに彼のカメラが1つ壊れて転がっていた。
「篠山さん?!どうしたんだい?!」
辺りを見回してもその姿はない。
「いったいどこへ・・・」
彼が何気なく振り返ったとき、彼の目には信じられない物が飛び込んできた。
「ひぃぃぃぃっ!!」
それは篠山を捕まえて飛び去っていくあまりに巨大なトンボの姿だった。

土山老人は血相を変えて島の駐在所に転がり込んだ。
「駐在さん、大変だ、大変だぁぁ!!」
駐在の柴田達夫は急な訪問者を笑顔で迎えた。
「どうしたんだ、音吉爺さん?財布でも落としたのかい?」
「そうじゃねえ、本土から来てた篠山さんってカメラマンがいたろう?
 あいつが・・・あいつがトンボに襲われたんだぁ!!」
「トンボに?!・・・あっはっはっはっ、トンボが人を襲うわけがないじゃないか。」
「トンボにさらわれたんだよ、すっごくでっけぇトンボによぉ!」
「また朝っぱらから飲み過ぎて酔っぱらってるんだろう。だから朝はワンカップ1つだけにしとけって。」
「何言ってんだ、まだ二口しか口をつけてねえぞ!!」
「わかった、わかった。」
と、その時机の上の電話がなった。
「おはようございます。ああ、井東さん・・・え、猫のコマキがトンボにさらわれた?
 冗談は止して下さいよ、ここにも一人・・・」
その時かすかにブゥゥゥゥーーーーンという唸るような音が聞いた彼はふと顔をあげ、駐在所の外を見た。
ひどく慌ててこちらに向かってくるのは八百屋の山岡さんじゃないか。
あんなに慌てていったい・・・
唸るような音はますます近づいてくるようだ。
そして次の瞬間、信じられないほど巨大なトンボが一瞬にして山岡をさらって飛び去っていった。
「うっひゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
彼は思わず受話器を放り投げ、その場にへたりこんだ。
「あいつだ、あいつが篠山さんを・・・・!!」
柴田は四つん這いのまま恐る恐る駐在所の外に顔を出してみる。
見上げた空には空を埋め尽くすほどの巨大トンボの群が・・・・。

立川基地

真田と阿須美が立川基地に着いたはその少し後だった。
強ばった表情の金城と菖蒲が二人を出迎えた。
「阿須美ちゃん、活躍だったらしいわね。」
「いいえ、そんな・・・・。」
「お前も無事でよかった。十条駐屯地がドタバタしてて十分連絡が取れなかったんで心配したぞ。」
「あ・・・ああ。で、何かあったのか?」
「小笠原に巨大トンボが出たらしい。
 人や動物を片っ端から襲うらしく、外出禁止令が出された。
 空防さんの戦闘機がさっき発進したところだ。」
「巨大トンボ?!」
「鬼秋津だわ!」
「えっ、鬼秋津?!」
「肉食の巨大なトンボです。
 鬼秋津こそ『小魔』、だとすると父島に封印されていたのは魅霊蝙蝠なんだわ!」


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